『うたであえたら』で思い出す『思い出のメロディー』
2026年8月15日の夜、NHKにて『うたであえたら』という番組が放送された。おそらく『思い出のメロディー』の後継番組なのだろう。
『思い出のメロディー』については過去にもblogに書いている。
・「思い出のメロディー」考《2016/08/28》
・「思い出のメロディー」はうたコンになってしまった (2019/08/24)
最初の記事からちょうど10年、そして、2019年の記事は奇しくも「最後の“思い出のメロディー”を記録したもの」になってしまった。
記事中に「来年は放送されないかも」と書いたとおり、翌2020年に『思い出のメロディー』は放送されなかった。もともと2020年は東京オリンピックのために休止予定だったらしいのだけど、コロナ禍でオリンピックが延期になり、急遽(?)夏に放送されたのが『ライブ・エール』。
『ライブ・エール』は2024年まで続き(2024年は8月ではなく5月の放送)、2025年には『MUSIC GIFT 2025』という名称に変更、『思い出のメロディー』は復活しないまま、今年2026年は『うたであえたら』という番組に。
『ライブ・エール』も『MUSIC GIFT』もほとんど見てなかったんだけど、今回はピンク・レディー50周年企画につられてついチャンネルを合わせてしまい、結局第3部冒頭までずっと付き合ってしまった。
(※以下、アーティストのお名前については敬称略)
【3部構成の録画放送】
第1部が18時05分から18時43分。ニュースをはさんで19時半から20時43分までが第2部。再びニュースがあって、第3部21時から21時59分まで。
全部でえーっと170分、つまり2時間50分。けっこうな長尺だよね。何しろ2019年最後の『思い出のメロディー』はたったの1時間20分しかなくて、本当にただの『うたコンスペシャル』のようだった。
間に長くニュースを挟む関係もあってか、生放送ではなく録画放送。収録は8月9日に行われたらしい。かつての『思い出のメロディー』は基本的には生放送、オリンピックのある年は録画放送だった。
【ピンク・レディーも50周年!】
いや、もう、とにかくこれがびっくりっていうか、自分の歳を考えたら何の不思議もないんだけど、「マジかー」と思わざるを得ない。
昔、子どもの頃(昭和50年代~60年代)に見ていた『思い出のメロディー』で「懐メロ」とされていたのは、その当時から見てせいぜい40年前ぐらいの歌。子どもの自分にとってそれは本当に「生まれるずっと前の歌」だったのだけれど。
ピンク・レディーはもう50年前ですってよ、奥さん!!!!!
懐メロどころじゃなさすぎる。
『うたであえたら』3曲目、「上海ハニー」なんて最近の曲じゃん、と思うのにリリース2003年。23年前。うぉー。
ちなみに『うたであえたら』で歌われた一番リリースが古い歌は「生活の柄」で1971年。以下、披露された曲をリリース順に並べると
「どうにもとまらない」 1972年
「男の子女の子」 1972年
「神田川」 1973年
「妹」 1974年
「やさしさに包まれたなら」 1974年
「星降る街角」 1974年
「ペッパー警部」 1976年
「東京砂漠」 1976年
いわゆる「懐メロ」曲は1970年代止まり、というか70年代がメイン。それでも全部50年以上前なんだから、もうそれ以前の時代は何か特殊な召喚術でも行使しない限り呼び出せないのかもしれない。
2019年最後の『思い出のメロディー』では88歳の二葉百合子が「岸壁の母」を歌っていたけれど、今回は75歳の山本リンダが「どうにもとまらない」を、そして9月には80歳になる串田アキラが「キン肉マンGo Fight!」を披露。いや、お二人ともすごいね。串田さん、病気からの復活云々もあるけど、そもそも80歳であれだけパワフルに歌唱できるのすごすぎる。
ピンク・レディーのケイちゃんも来月には69歳。それで普通に歌って踊って3曲披露していたけど、一緒に「ペッパー警部」を歌い踊ったナンノちゃん(南野陽子)がまた超可愛い!! 黒ラメミニスカ&ニーハイピンヒールブーツ!!! 「はいからさんが通る」の袴姿も可愛かった♡ ナンノちゃんも昨年デビュー40周年で……え、40周年……嘘やん。
ちなみに「はいからさんが通る」のリリースは1987年。渡辺美里「My Revolution」が1986年リリースでちょうど40周年。昔の『思い出のメロディー』基準だともう80年代も十分懐メロ、若い子は全然生まれてない。
【1960年以前と演歌勢なし】
そんなわけで私が子どもの頃『思い出のメロディー』で聞いていた1960年以前の昭和歌謡は全然なく、いわゆる「演歌」も1曲もなかった。
都はるみ「北の宿から」が1975年、小林幸子の「おもいで酒」が1979年で、川中美幸「ふたり酒」が1980年。細川たかしの「北酒場」と大川栄策の「さざんかの宿」が1982年、亡くなられてしまってご本人歌唱は叶わないけど八代亜紀「雨の慕情」が1980年。
意外に80年代に入っててびっくりしてしまうけど、「俺たち世代」が子どもの頃よく聞いてた歌謡曲としてこの辺ははずせない。まぁこの辺は「紅白」でよく聞いてるからわざわざ「思い出のメロディー」で取り上げなくても、ってことなんかな。1977年の「津軽海峡冬景色」、「紅白」で聞きすぎてるもんな……。
とはいえ「神田川」も一昨年の紅白で歌われているし、「妹」か「神田川」のどっちかでよくない? なんでフォーク勢だけ優遇で演歌はないの?と思ってしまう。
もはや演歌歌手と言っていいのかどうかよくわからない氷川きよしは今回山崎育三郎とのデュエットで「夏の終りのハーモニー」を歌唱。演歌寄りの歌手は他に新浜レオンだけで、DAIGO(一之森大湖名義)と2人で「東京砂漠」。どちらも演歌は歌っていないし、自分の持ち歌も、ソロ歌唱もさせてもらってない。
「東京砂漠」はやっぱり前川清に歌ってもらいたかったし、新浜レオンには秀樹を歌ってもらえば良かったのに。
紅白でも演歌歌手の皆さんは「企画」ばかり前面に出されて、肝心の歌手や歌が添え物になってしまっていると感じるけど、こういう「大型歌番組」でも演歌は冷遇されてるというか、「ないもの」になってるというか。
【もちろんこの番組は『思い出のメロディー』ではない】
子どもの歌コーナーを除くと全部で37曲。そのうち「懐メロ」系が20曲ぐらい? M!LKとかFRUITS ZIPPERとか最近のアイドルは全然わからないし、彼ら彼女らが歌った歌が最新曲なのかどうかもさっぱりわからなかったけど、「懐メロ」系と「今どきの曲」とで、ちょうど半々ぐらい。
今どきのアイドル達を見て「こういうのがショート動画では流行るのかな」と思って、でもピンク・レディーこそ振付とか衣装とか、「テレビ(映像)」というものを大いに意識した、「歌唱だけではない」アーティストだったわけで、“50年前”はそんなにも“今”と違わないのかもしれない。
「ラジオ」とか「レコード」という「音」だけで音楽を聴いていた時代と違って、映像での見栄え込みの「歌」になった。
カラーテレビの世帯普及率が白黒テレビを逆転したのが1973年らしく、今回「1960年代以前の歌が出てこない」のもなんかそういうことなのかもしれない。もう50代60代はすっかりテレビっ子世代で、今こういう番組を作ってる人たちはもっとずっと若いんだろうから。
「家族みんなで楽しむ」歌番組としてはバランスが取れていて、私より上の世代(70代80代)にもピンク・レディーは懐かしかったろうし、紅白ほど騒がしくもなくて良かったけど。
でもやっぱりNHKの番宣感も強かった。朝ドラ関連とか、NHKで番組持ってる人たちが多くて、「NHKの好きな人ばっかりだなぁ」という。
NHK、宮本浩次大好きだよね……。
かつての『思い出のメロディー』も、毎年同じ面子、NHKが好きなアーティストばかりだったのかな。
『思い出のメロディー』という番組自体が復活することはもうないだろうけど、いつか88歳の松田聖子がテレビで「青い珊瑚礁」を披露する日が来るだろうか――。
(※Spotifyの『昭和ポップス』Playlistを流しながら書きました。)
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